2019年04月03日

【原恵一ヒストリア(1)】アニメ演出家としての原点『ドラえもん』

最新作『バースデー・ワンダーランド』の公開と、原恵一監督の還暦を記念し、原監督のこれまでを振り返る解説・コラム記事を公開します。ファンにとっては常識レベルの話も出てくると思いますが、復習も兼ねてお読み頂けると幸いです。なお、文調はいつものとは異なりますのでご了承ください。また記事内は敬称略としております。
  1. アニメ演出家としての原点『ドラえもん』
  2. 初監督作品での葛藤と挑戦『エスパー魔美』
  3. ネタがない。その苦しみから始まった。~オトナ帝国へ至る道(1)~『クレヨンしんちゃん』
  4. あの時代を反芻し、今を生きる。~オトナ帝国へ至る道(2)~『クレヨンしんちゃん』 


【原恵一ヒストリア(1)】アニメ演出家としての原点『ドラえもん』

原恵一のアニメ演出家としてのデビュー作『ドラえもん』。元より藤子・F・不二雄のファンだったという原は、当時シンエイ動画が作っていたアニメには不満を抱いていたという。もっと面白くできるはずと考えた原は、『ドラえもん』の演出に入るとコンテ作りに没頭していく。 原が『ドラえもん』で絵コンテを手がけた作品はおよそ50本。 彼の手から生み出された独特の演出は、次第に藤子ファンから好評を得ることとなる。それらは後年、レギュラー放送のBパートや特番で再放送されたことも多く、大山のぶ代ら旧声優陣最後の特番となった2005年3月18日放送回でも、原の手がけた「ハリーのしっぽ」が放送された。間違いなく80年代のアニメドラえもんを支えた重要人物の一人であろう。

その原の演出にいち早く注目した人物が、現在アニメ雑誌「アニメスタイル」の編集長を務める小黒祐一郎だ。小黒は、自身が初めて「アニメージュ」で企画・執筆した記事で、『ドラえもん』における原の演出を取り上げたのだ。

『ドラえもん』を熱心に見ているファンなら気づいているだろう。'84の秋くらいから、次々と毛色が変わった快作が生み出されていることを。「ドッキリビデオ」「地球下車マシン」「ドラマチックガス」「強いイシ」などなど。そのほとんどが原恵一さんの手によるものだ。
(中略)原さんの作品を傑作たらしめているのが、奇抜な画面構成とハッタリとさえいえる大胆さだ。『ドラ』の画面に奥行きを与え、パースをつけ、アオリ、フカン、斜めと、様々なアングルを駆使する。良くも悪くも印象に残る場面が多い。説明の難しい道具も画面構成の上手さで納得させる。

(出典:WEBアニメスタイル「アニメ様365日 第286回 原恵一の『ドラえもん』」 記事引用元:アニメージュ1987年2月号 vol.104「TVアニメーションワールド」)

原がアニメ雑誌から取材を受けたのはこれが初めてというが、事細かに聞いてくる当時の小黒を、原は気持ち悪がっていたようだ(笑)。それが今では、小黒の主催するアニメスタイルのオールナイトイベントに原が呼ばれることも多く、呼ばれてはほろ酔いのまま壇上に上がるのはもはや定番。ついには藤原啓治を呼んで一緒にお酒を飲む会と称したイベントまで開催してしまうほど、互いに気心の知れた関係になっている。

『ドラえもん』で傑作を送り出した原だが、その彼が演出に入ってもっとも驚かされたのが当時チーフディレクターを務めていた芝山努の絵コンテだ。『のび太の魔界大冒険』(84年)に演出助手として関わった原は、芝山の絵コンテを見て、その面白さに衝撃を受けたという。まるで漫画のごとく描かれた精緻な描写に、綿密に計算された時間管理、芝居の間が的確に描かれたそのコンテは、芝山を絵コンテの師匠と言わしめるほど原に絶大な影響を与えた。今でも映画制作においては、絵コンテに尋常ならざる執着心を持つ原だが、その原点は藤子・F・不二雄への敬意と、芝山努への憧憬が込められた『ドラえもん』にあったのだ。

(つづく)

posted by チューシン倉 at 08:00| Comment(0) | 作品評 | 更新情報をチェックする
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